2024-01-01から1年間の記事一覧
神様がサイコロ振るとは知らなんだという句をタイトルに使いました。この句を元にCopilotに画像を作ってもらいました。指示した文言は、「神様がサイコロを投げているところをアインシュタインとボーアが見ている画像」です。
別れた嫁から電話があって、長女と三人での食事に呼び出されました。いつも呼び出されてはのこのこ出てゆくわたしです。電話一本どこでも出張します、便利屋みたいな。
フラクタルアート第17弾。あいかわらず暇つぶしに作ってます。今回も10枚、大きさは1920x1080px、黒背景です。
12月ももう半ばとなりました。拙ブログの右カラム、上の方で日付時刻を表示してますが、その辺りに国民の休日や二十四節気および雑節を、訪れた日に合致すれば表示するようにしているんですが、これ、javascript で書いていて毎年書き換えなければならんので…
もう二年ぐらいになるのかなあ。テレビをあまり見なくなってから。
知らぬ間に12月。というか気がつけば12月。なにかこう、解決すべき課題を抱えていると時間の経つのがはやいのかな。上手く進捗しなければ時間の経つのは遅いのか。上手く行けばはやいのか。ひょっとすると逆かもしれない。なんの悩みもなく日々を送っている…
公園の、特にブランコというものがなんでか郷愁を誘ってくる。夜に通りかかった公園の薄明かりに照らされたブランコを見ると、感傷的にもなってくる。帰宅途中、しばし座って揺られてみたい衝動に駆られる。こんな想いはわたしだけなのだろうか。
冬のすずめは餌が少なくて大変なようです。それに寒さも乗り越えないといけない。あの細い足を見ると、いつも心配になる。
フラクタルアート第16弾です。今回も10枚です。大きさは1920x1080px、黒背景です。
今日は立冬。外へ出てみると寒かった。いつまでも秋だ秋だと言ってる場合じゃありません。冬へ向けて心の準備をしなくては。
季節はうつろいます。金木犀の樹の下一面に落ちた沢山の小さな小さな花びらたちを見て、カリンの実が、盛夏に比べて艶が衰えた様子を見て、また流れる雲を見て、感傷的になったり無常を感じる季節となりました。枯葉一枚に、自分を重ねてみたりしてます。い…
な~んにもしてない奴にお疲れ様と言われると、腹が立つわたしです。口には出しませんけどね。顔には出てしまっていると思います。でもそんな顔色を読めるような奴だったら、軽々にお疲れ様の一言で済まそうとはしないでしょう。
パソコンの時計と世界標準時との差、パソコンと日本標準時との差を、それぞれ表示するやつを、Copilotの助けを借りて設置したんですが、なんでか知らないんですが全く無反応になってしまいました。アクセスし過ぎてブロックされたのかな。来てくれた人、ボタ…
絵心がなくて、簡単なイラストをササッと描いて自分のブログなんかに載せているような人をいつも羨ましく思ってます。自分がそういう事ができればどんなにいいか。
よく行く散歩コースがあります。煉瓦倉庫の辺り。煉瓦倉庫の対岸にはよく潜水艦が整備されているのを見ます。そこから少し歩くとポートタワーも見えてきます。お気に入りの散歩コースです。
今日は朝からファミレス。朝食の後ノート広げてこの記事書いてます。いつもよりにぎやかだと思ったら、そうか土曜日だったか。曜日の重要性が徐々に薄れていってることの自覚が否応なしに堅固になってゆく自分を、哀れみ、𠮟責し、突き放しあざ笑う、今日こ…
タイトルの句、いつも投稿してるまるせんで、今日の一句に選ばれました。これに選ばれるとその日のトップページで画像付きで紹介してくれます。その画像をそのまま借用してます。自分で探す手間が省けました。ごまめはわたしのハンドルネームです。
前に作った川柳で、セーターの首から出てる値札タグというのがありますが、なんと先日電車内で恐らくたぶん記憶の限りでは初めて見ました。
暇を見てコツコツ作ってます。10枚貯まったので載せます。自己満でやってます。大したものはありません。
月一くらいでしょうか。散歩のついでに取った写真を載せてます。ところがここのところ写真がないんです。全然ないわけではないですが暑いんで写真もなかなか撮れなくて。
落語でまくらというのがあります。本題に入る前のちょっとした小咄のようなものでしょうか。料理で言えばメインの前の前菜ですかね。そのまくらを、どう金無心につなげるか、思案する様子を詠んだのがタイトルの句です。
前に箸のお題で「上げ下げを未来の舅に初披露」という句を作ったのですが、フリー素材で箸、箸置きのキーワードで画像を探していたのですが、結局使わないで別の切り口で探した写真を使ったわけですが、
久々のフラクタルアート。10枚貯まったので載せます。
信号待ちで立ってるだけで強烈な日差しがジリジリと肌を突き刺し、水分がどんどん蒸発していってる気がします。まるで自分がこんがり焼かれる秋刀魚にでもなったかのような気分になる今日このごろです。
暑い日が続きます。若い頃は夏の暑さなんて怖くもなかった。暑いのは暑くって辛い思いはしたけれど、それでも漠然と乗り越えられると思っていた。
未来の舅姑を前にして初めて一緒に食事をするとなると、その緊張は如何ばかりか。願わくは、育てた娘が嫁ぐ先の両親の眼鏡にかなうことを祈るばかり。タイトルの句はそんな娘を持つ親の想いも含めて詠んだつもりです。
わたしの記憶では小さい頃に近所に金魚屋さん?があって、広く浅い水槽に金魚が一杯泳いでいたのを、中に入れてもらって見たことがあります。
夏休み、友達と遊び呆けて、カルピスあるよと家にさそい、誰もいない家で友達と二人、普段より濃い目に作って飲んだのは、あれは見栄だったのか、それともサービス精神だったのか。裏腹の罪悪感と連帯感。
暑いです。買い物行くのも命がけみたいな。半分冗談ですけど半分本気です。できるだけ無理しないよう心がけてます。
ここは比較的よく行く散歩コースのポートタワーが見える岸壁ですが、大型客船見るのは久しぶり。足元を見ると神戸市の市章があった。前からあったかな?