水木しげるロードが有名で、街を上げてアピールしてます。
当然そこで生まれ育ったのだろうと思っていたら、
生まれたのは大阪なのだそうです。
その水木しげるさん、実は神戸とも所縁がある。
兵庫区に水木通という地名があるが、
戦後復員してきた水木さんが、
そこにあったアパートの大家をしていた時期があるのだそう。
そのアパートの名前が水木荘で、
ペンネームもそこから来ている。
神戸に住むわたしとしては、
これは見ておかねばなるまい。
しかも水木通は近い。
ということで、
写真撮ってきましたが、
まあ、戦後70年ですか、
それだけの歳月が過ぎ、
しかもこの辺は震災の被害が大きかったと聞いている。
はっきり言って、なんの痕跡もなかった。
水木荘があったと思われる場所は今は立派なマンションが建っていた。
この「水木湯」という銭湯の左隣にマンションがあって、
そのマンションの敷地内に「水木荘」があったよう。
マンションの玄関横に表示されている住所表示。
当時を想像し、
今立つこの地面を、
水木しげるも歩いたのだろうなあ、
そう想うと、
何やら感ずるものがある。
全然関係ないが、
いや、時間というものを考えた時、
わたしにはよく思い浮かぶ情景なので、
全然関係なくもないと思う。
小学校帰りに、
「あんぽー はんたい! あんぽー はんたい!」
と連呼しながら帰ったことを、
思い出した。
俺も年老いてきた。川面でも眺めてみようか。